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【ファン必見】任天堂の歴史、花札、おもちゃ、ゲームハード・ソフト、キャラクターまとめて解説

【ファン必見】任天堂の歴史、花札、おもちゃ、ゲームハード・ソフト、キャラクターまとめて解説

任天堂といえば、貴方は何を思い浮かべますか?

ある人はファミコンニンテンドースイッチのようなゲーム機を、ある人やマリオポケモンなどのキャラクターを、またある人は花札トランプなどを思い浮かべるかと思います。通な人でしたら、山内社長岩田社長宮本さんなどの、任天堂で働く方を思い浮かべるかもしれません。

このように、任天堂には多面的な姿がありますが、その全貌を伝える文献やサイトはありません。

そこで本記事では、任天堂ファン歴30年の管理人 遠藤ティム(@endotimJP) が、任天堂の歴史花札からファミコン、ニンテンドースイッチに至るまでできるだけ広く紹介します。また、任天堂が生み出したゲームソフトやキャラクターについても、少しでも多く紹介していきます

このように広く紹介すると、年表のように事実の羅列になりがちですが、当時の背景や任天堂の意図、ファンの気持ちなども折り込み歴史小説のように読んでいただけることを目指して書きました。

この記事を読むことで、任天堂の歴史を知ることができると同時に、貴方も任天堂ファンになれます。

結論として、任天堂の歴史を大きく分けると下記の5つの時代になります。

  • 山内社長時代1花札トランプおもちゃなどを作っていた時代。
  • 山内社長時代2ファミコンスーパーファミコンゲームボーイを発売、ヒットした時代。(第1次黄金時代)
  • 山内社長時代3NINTENDO64ゲームキューブゲームボーイアドバンスを発売、次世代ゲーム戦争を戦っていた時代。
  • 岩田社長時代WiiニンテンドーDSWii Uニンテンドー3DSを発売。ゲームのあり方に課題を提示し、革命を起こした時代。(第2次黄金時代→暗黒時代)
  • 君島・古川社長時代ニンテンドースイッチを発売。任天堂が総力戦を挑み、復権を果たした時代。(第3次黄金時代)
管理人
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長く、重く、壮大で、そしてドラマティックな任天堂の歴史を、ぜひお楽しみください。

  • 本ブログ記事は全10章構成、28000字を超える長文となります。読む際は、十分な時間をとってお読みください。
    >>長い文章を読みたくない方は、任天堂豆知識をどうぞ。
  • 任天堂の歴史を紹介するという意図から、他社のゲームソフト・ハードについては割愛し、必要最小限の紹介に留めています。ご了承ください。

本記事の作成に当たっては、以下の文献、サイトなどを参考にさせていただきました。

プロローグ:任天堂のルーツ、花札・トランプ・百人一首(1889年~)

主なカード&ボードゲーム

  • 花札(1889年)
  • トランプ(1902年)
  • 百人一首(不明:明治時代)

任天堂の始まりは意外と古く、1989年(明治22年)山内房治郎という人が花札を製造したころから始まります。任天堂のルーツは花札にありました。花札製造の技術を応用して、1902年(明治35年)からトランプの製造を開始します。

ちなみに、花札といえばギャンブルの定番ですね。

マーキングなどのイカサマを防ぎ、ギャンブルを公平にするため、1回のゲームごとに新品の花札をおろすのがルールになっています。つまり任天堂からしてみたら、ゲームの数だけ花札が売れるという、かなり美味しい商売だったようです。

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いきなりダークな話で申し訳ありません。ですが、2021年6月現在、日本でもカジノを設立する議論が始まっています。

任天堂のトランプが、意外な理由で日の目を見ることもあるかもしれませんね。

百人一首の博物館「時雨殿」

2006年、任天堂は京都嵐山に百人一首の博物館「時雨殿」をオープンさせました。

当時は、任天堂のルーツを知れる博物館ということで、観光客及び当時のファンで賑わっていました。

残念ながら現在は嵯峨嵐山文華館としてリニューアルし、任天堂も運営から手を引いてしまいましたが、今でも百人一首の展示は残っています。

ファンの方は、任天堂聖地巡礼の中でいかれてみてはいかがでしょうか?

第1章:任天堂骨牌株式会社の立上げ、トランプ・花札の自動製造(1947年~)

主なカード&ボードゲーム

  • プラスチック製トランプ(1953年)
  • いろはかるた(1959年)
  • 麻雀牌「役満シリーズ」(1964年)
  • 囲碁盤&碁石(詳細不明/1970年代~)
  • 将棋盤&駒(詳細不明/1970年代~)

会社としての任天堂の創立は1947年(昭和22年)株式会社丸福という名前で生まれました。その後、1951年任天堂骨牌株式会社に社名変更1963年任天堂株式会社に再度社名を変更し、今の社名に至ります。

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骨牌とはコッパイと読み、カルタのことを意味します。ピクミンに出てくるコッパイ星も、ここから取ったと思われます。

そこからは、1953年日本初のプラスチック製トランプの量産を、1959年にはかるた(百人一首)の自動製造機による量産を開始します。

1960年代には、麻雀牌の製造も始めました。役満シリーズとしてブランド化されています。任天堂が麻雀ゲームを出す際、「役満」をゲーム名に付けるのも、ここから来ています。1970年代に入ると、囲碁・将棋の道具の製造も始めました。

今でこそ任天堂はゲームメーカーとして有名ですが、昔の任天堂はこれらのカードゲーム・ボードゲームが本業でした。実は現在でも製造・販売をしていて、しっかり公式ホームページでも商品紹介しています。任天堂のルーツとして、大事にしているのが分かります。

現代風リメイク「マリオ花札」

歴史ある花札の製造も行っていますが、現代風にリメイクされた花札も製造しています。それがマリオ花札です。

花札の質感はそのままに、歴代のマリオファミリーが彩り、全柄オリジナルの絵柄となっています。花札の伝統的な色合いや意匠は大きく変えないまま、マリオのキャラクター達が存在感を強めます。

伝統と革新、遊び心が感じられる一品。公式サイトで絵柄を確認できるので、一度見てみてはいかがでしょうか?

第2章:任天堂独自、ユニークなおもちゃたち(1960年~)

主なおもちゃ

  • ディズニー野球盤(1960年)
  • ウルトラハンド(1966年)
  • ウルトラマシン(1968年)
  • ヒップフリップ(1969年)
  • ラブテスター(1969年)
  • チリトリー(1979年)
  • テンビリオン(1980年)

1960年から、任天堂はおもちゃの製造に乗り出します。最初のおもちゃはディズニーの野球盤でした。任天堂の最初のおもちゃにして、ディズニーと任天堂の夢のコラボ。凄くプレミア付いていそうですね。

その後の1966年マジックハンドを題材にしたオリジナル玩具「ウルトラハンド」が見事120万個以上のミリオンヒット。ここから任天堂は娯楽の創造にまい進していきます。

横井軍平氏と枯れた技術の水平思考

ウルトラハンドを作られた横井軍平氏は、後にゲーム&ウオッチゲームボーイを作るなど、初期任天堂を代表するアイデアマンです。彼の提唱する、枯れた技術の水平思考(市場にあるありふれた技術を新しい使い方をして新しい商品を作ること)は、現在でも任天堂のゲームハード開発の哲学となっています。

そこからも、バッティングマシンであるウルトラマシン、愛を測る装置ラブテスター、ラジコン型掃除機チリトリー、ルービックキューブを基につくられたという立体パズルのテンビリオンなど、様々な独創的な商品を作っていきました。

中には2人で向き合って挟んで腰を振りあってベルを鳴らすという、独創的を通り越してエキセントリックなおもちゃ、ヒップフリップなんてものもあります。

岩田元社長は、任天堂はゲームを作る会社ではなく娯楽を作る会社とよく言っていました。今はあまり作られなくなったユニークなおもちゃですが、娯楽をつくるという意思は、このころから任天堂に根付いていたようです。

ヒップフリップのマニュアル(山崎功「任天堂コンプリートガイド 玩具編」主婦の友社 より引用)

時代を先取りしすぎた任天堂製品①「チリトリー」

任天堂から発売された、ラジコン型掃除機、それがチリトリーです。ボタンを押すと掃除機が動き、なんと壁に当たると自動回転する機能も付いています。

根本的な機能は、ロボット掃除機「ルンバ」(2002年登場)と全く変わらないですね。今でこそメジャーですが、我々凡人が任天堂の発想を理解するには20年以上早かったようです。

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チリトリー(山崎功「任天堂コンプリートガイド 玩具編」主婦の友社 より引用)

断章:知られざる歴史?任天堂のサイドビジネス(1960年~)

主な事業・製品

  • タクシー会社「ダイヤタクシー」(1960年)
  • パックライス「インスタントライス」(1961年)
  • ホテル事業(1963年ごろ)
  • コピー機「コピラス」(1971年)
  • ベビーカー「ママベリカ」(1972年)
  • メジャーリーグ球団「シアトル・マリナーズ」のオーナー(1992年)

任天堂はおもちゃ・ゲーム以外に手を出さなかったのか?そんなことはありません。様々なサイドビジネスを手がけていました。

1961年には、お湯をかけて3分待てばごはんができるという、インスタントライスを発売しました。が、調理後の米はドロドロに溶けてお粥状になる上に、味もよくなく試食した社長を落胆させたそうです。当然売上は伸びず。

管理人
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戦後間もない時代でも売れないとは。想像を絶する味だったのでしょう。

同じころ、タクシー会社を始めては経営不振に陥りホテル事業を始めては失敗。苦労の連続でした。

事業がだめなら、自社製品を作ってはどうかと、1971年にはコピー機の製造を始めます。しかし、まともに印刷されない(感光紙への写りが悪い)といってはクレーム続出ベビーカーの製造を始めては、部品が折れるなどのクレームが来て自主回収。今の任天堂からは考えられない、低品質っぷりでした。

残念ながら、任天堂にとってサイドビジネスは、苦い経験で終わったようです。任天堂の山内溥元社長が、「娯楽以外の産業に手を出すな」と言っていたのは、これらの失敗経験があったからでしょう。

メジャーリーグ球団「シアトル・マリナーズ」のオーナー

任天堂がサイドビジネスで成功をおさめたことはないのか?と聞かれるかもしれません。それならメジャーリーグ球団の経営はどうでしょう?

シアトルマリナーズが経営不振でこのままではシアトルから立ち退かなくてはならなくなった時、任天堂の山内溥元社長がポケットマネーで球団を買い、なんとメジャーリーグ球団の筆頭オーナーになってしまいました。(後にNintendo of Americaが買い取ります。)

そこから、日本でもイチロー佐々木などのスター選手が続々マリナーズへ移籍、日本でもメジャーリーグブームが来ました。

日本でも同様の球団再編問題が出ましたが、ライブドアや楽天もなかなか球団を持つのに苦労しました。後付けの結果論ですが、そんな日本球団に見切りをつけ、メジャーリーグに目を付けた山内元社長は、大成功だったのではないでしょうか?

ちなみに現在では、経営危機から立ち直るという当初の目的を達成したことを見届けた後、Nintendo of Americaから他の会社へ売却しています。

第3章:ファミコンの前身、様々なゲームハードの開発(1973年~)

主なゲームハード

  • 業務用レジャーシステム「レーザークレー射撃システム」(1973年)
  • 家庭用テレビゲーム機「テレビゲーム15」「テレビゲーム6」(1977年)
  • 業務用テレビゲーム機「コンピューターオセロゲーム」(1978年)
  • 業務用テレビゲーム機「シェリフ」(1979年)
  • 携帯ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」(1980年)
  • 業務用テレビゲーム機「ドンキーコング」(1981年)
  • 業務用テレビゲーム機「パンチアウト!!」(1983年)

この頃生まれた主なキャラクター

  • シェリフシリーズ:シェリフなど
  • ゲーム&ウオッチシリーズ:主人公(後のMr.ゲーム&ウオッチ)など
  • ドンキーコング(初代)シリーズ:ドンキーコング(初代)、ドンキーコングJr.、ジャンプマン(マリオ)、レディ(ポリーン)など
  • パンチアウトシリーズ:主人公(後のリトル・マック)など

1973年任天堂は、遂にビデオゲームの開発に踏み切ります。第1弾は、大型業務施設用のレーザークレー射撃システムからでした。出だしこそ好調だったのですが、オイルショックの煽りを受けて注文キャンセルが相次ぎ、残念ながら事業としては失敗に終わりました。

しかしこれに懲りることなく、1977年に家庭用ゲーム機テレビゲーム15を発売します。パドルで球を反射させるテニスゲームなどが楽しめます。このころはソフトとハードが1体型のゲーム機でした。

多くのゲームが遊べることが受け、15000円と当時高価だったにも関わらず、80万台以上も売れるヒット商品に。この頃から、おもちゃの会社からコンピューターゲームの会社へ、徐々に軸足を動かしていきます。

ほぼ同時期の1978年には、業務用(ゲームセンター用)のテレビゲーム機も発売します。第1弾はオセロゲームでした。性能は低かったようですが、2人で遊ぶオセロゲームが1人で遊べる点が評価されたようです。

そこからは、アーケードゲームとして有名なシェリフや、ドンキーコングドンキーコングJr.などのキャラクターシリーズを発売していきます。

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シェリフは、メイドインワリオのミニゲームや大乱闘スマッシュブラザーズのアシストフィギュアなどでおなじみですね。

時を同じくして、1980年には携帯用ゲーム機の元祖、ゲーム&ウオッチも発売されます。記念すべき第1弾はボール。その後フラッグマンファイアバーミンジャッジとシリーズ展開を実施。このゲーム&ウオッチは瞬く間にヒットし、国内では41種類、1287万台も売れたそうです。(全世界で4340万台)

その後もLSI電子ゲームは各社で販売され、子供たちの人気の的でした。

そしてこの頃から、任天堂を代表するキャラクターマリオドンキーコングMr.ゲーム&ウオッチなどが登場します。当時のマリオは、まだ名前が与えられておらず、ジャンプマンと呼ばれる静かなデビューでした。

スーパーマリオオデッセイに登場するポリーンもこのころから登場(当時はレディという名前でした)します。実はピーチ姫よりデビューは早かったりするのです。

その他にも、リトル・マックでおなじみのパンチアウトも業務用ゲーム機からデビューしています。

第4章:伝説はここから始まった、ファミコンの発売(1983年~)

主なゲームハード

  • 家庭用テレビゲーム機「ファミリーコンピュータ」(1983年)
  • ファミリーコンピュータ周辺機器「光線銃」(1984年)
  • ファミリーコンピュータ周辺機器「ファミリーコンピュータ ロボット」(1985年)
  • ファミリーコンピュータ周辺機器「ファミリーコンピュータ ディスクシステム」(1986年)

主なゲームソフト

  • ファミリーコンピュータ「ドンキーコング」(1983年)
  • ファミリーコンピュータ「ダックハント」(1984年)
  • ファミリーコンピュータ「スーパーマリオブラザーズ」(1985年)
  • ファミリーコンピュータ「アイスクライマー」(1985年)
  • ディスクシステム「ゼルダの伝説」(1986年)
  • ディスクシステム「謎の村雨城」(1986年)
  • ディスクシステム「メトロイド」(1986年)
  • ディスクシステム「光神話 パルテナの鏡」(1986年)
  • ファミリーコンピュータ「MOTHER」(1989年)
  • ファミリーコンピュータ「ファイアーエムブレム 暗黒竜と光の剣」(1990年)

この頃生まれた主なシリーズ・キャラクター

  • 光線銃シリーズ:犬、カモ、ガンマンなど
  • スーパーマリオシリーズ:(マリオ)、ルイージ、クッパ、ピーチ、キノピオ、パックンフラワー、コクッパ7兄弟、(後にヨッシー、ワリオ、クッパJr.、ロゼッタ)など
    ≫スーパーマリオシリーズのゲーム紹介
    ≫スーパーマリオシリーズの歴史
  • ロボットシリーズ:HVC-012(ロボット)、ヘクター博士など
  • アイスクライマーシリーズ:ポポ、ナナ、コンドルなど
  • ゼルダの伝説シリーズ:リンク、ゼルダ、ガノン、(後にシーク)など
    ≫ゼルダの伝説シリーズのゲーム紹介
  • 謎の村雨城シリーズ:鷹丸など
  • メトロイドシリーズ:サムス、リドリー、メトロイドなど
  • パルテナの鏡シリーズ:ピット、パルテナ、メデューサ、(後にハデス、ブラックピット)など
  • MOTHERシリーズ:ニンテン、ギーグ、(後にネス、ポーキー、リュカ)など
  • ファイアーエムブレムシリーズ:マルス(後にアイク、ロイ、クロム、ルフレ、ルキナ、カムイ、ベレト、ベレスなど)

任天堂にとって大きな転機はいつだったか?

1983年ファミリーコンピュータ(ファミコン)発売と、1985年スーパーマリオブラザーズ発売をおいて他はないでしょう。

任天堂は1983年に家庭でできるゲーム機としてファミコンを発売します。同時発売は業務用で既に発売されていたドンキーコングの移植でした。ハードを買い替えることなく、ソフトを買うことでいくらでもゲームを楽しめることから、静かなブームが生まれていましたが、1985年のスーパーマリオブラザーズ発売により爆発します。

当時はゲーム画面がスクロールせず、1画面で完結するのがほとんどでした。しかし、スーパーマリオブラザーズ奥までシームレスに動きステージも32個も用意されています。当時の子供たちは先がどうなっているか知りたくて、我先に攻略法を探しました。

スーパーマリオブラザーズの開発に携わっていた宮本茂氏は、今やゲーマーなら知らない人はいないほどのお方ですね。当時はミヤホンと呼ばれていたそうです。

このスーパーマリオブラザーズに前後して、ゲームを彩る個性的なキャラクターが沢山生まれます。任天堂の顔ともいえるスーパーマリオファミリーはもちろんのこと、表情が個性的なダックハントの犬&キジアイスクライマーからポポ&ナナなどです。

残念ながら今はシリーズ化されてないゲームもありますが、ニンテンドーオンラインに加入していれば、ニンテンドースイッチでファミコンのゲームを遊ぶことができます。興味があれば手に取ってみましょう。

1986年にはファミコンの拡張システムとして、ディスクシステムが発売。ゲームの容量が増えたことで、大容量を活かした新たなゲームシリーズも生まれました。

マリオと双璧をなす任天堂の巨大ブランド、ゼルダの伝説シリーズや、海外でコアなファンの多いメトロイドシリーズ、新作が話題となった光神話パルテナの鏡シリーズなど、任天堂を代表するシリーズもたくさん出ました。

残念ながらディスクシステムはあまり普及せず、ほどなくしてソフト開発の舞台はファミコンに再度戻ってしまいました。しかし、その後も独特の世界観がファンを惹きつけるRPGのMOTHERや、多くのユニットを操作して戦争を勝ち抜くファイアーエムブレムなど、有名なシリーズの第1作が多数生まれました。

管理人
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MOTHERシリーズの企画・構想は、コピーライターとしてもおなじみの糸井重里氏です。

ファミリーコンピュータおよび、現在の任天堂を代表するブランド・キャラクターが生み出されたこの時代は、任天堂にとって時代の転換点といってよいでしょう。

時代を先取りしすぎた任天堂製品②「ファミリーコンピュータ ロボット」

1家に1台、癒しを提供する家庭用ロボット。そんなドラえもん的な発想を、任天堂は1985年に実現していたのです。それが、ファミリーコンピュータロボット。ファミコンに接続すれば、様々なプログラムを自動でやって、ブロックを積んだりコマを回したりできるという代物でした。

最近でこそ、ペットロボットAIBO(1999年)や、家族型ロボットLOVOT(2019年)など、家庭に癒しを提供するロボットを発売する動きはありますが、1985年当時、一般家庭がロボットを持つ意義は見出せませんでした。

ファミリーコンピューターロボットはあまりヒットしないまま終わります。

任天堂の発想を我々一般人が理解するには、15~35年ほど早かったようです。

第5章:鮮やかカラーのスーファミ、白黒液晶のゲームボーイ発売(1989年~)

主なゲームハード

  • 携帯用ゲーム機「ゲームボーイ」(1989年)
  • 家庭用テレビゲーム機「スーパーファミコン」(1990年)

主なゲームソフト

  • スーパーファミコン「スーパーマリオワールド」(1990年)
  • スーパーファミコン「F-ZERO」(1990年)
  • スーパーファミコン「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」(1991年)
  • ゲームボーイ「星のカービィ」(1992年)
  • スーパーファミコン「スターフォックス」(1993年)
  • スーパーファミコン「スーパードンキーコング」(1994年)

この頃生まれた主なシリーズ・キャラクター

  • F-ZEROシリーズ:キャプテンファルコンなど
  • カービィシリーズ:カービィ、デデデ大王、メタナイト、(後にマルク)など
    ≫星のカービィシリーズのゲーム紹介
  • スターフォックスシリーズ:フォックス、ファルコ、(後にウルフ)など
  • スーパードンキーコングシリーズ:ドンキーコング(2代目)、ディディーコング、キングクルール、(後にバンジョー、カズーイ)など

ファミコンの発売から6年後、任天堂から新ハードが2つ発売されます。

1つ目は持ち運び可能でいつでもどこでもゲームが楽しめる携帯用ゲーム機ゲームボーイ、2つ目はファミコンの機能を大幅向上させ鮮やかなカラー表示が可能になったスーパーファミコンです。

ゲームボーイは、後続のゲームボーイカラーを含め、2001年のゲームボーイアドバンスまで12年も続く、息の長いハードになりました。

ゲームボーイを代表するゲームといえば、1992年に発売された星のカービィは外せないでしょう。アクションの難易度がインフレ化した当時、あえてアクションゲーム初心者にターゲットを絞り、初心者に優しいアクションゲームを作るという目論見は見事に当たり、国内約172万本の売上を記録します。その後もカービィシリーズは定期的に制作され、任天堂のブランドの柱となっています。

星のカービィを作った桜井政博氏は、後に大乱闘スマッシュブラザーズや、新光神話パルテナの鏡を作られるなど、その後も沢山のヒットゲームを生み出されています。

スーパーファミコンは、ファミコンから大きくグラフィックが進化したことで、演出面も大きく進化。ファミコンではできなかったゲームが作られるようになりました。

  • 疾走感のあるグラフィックとBGMが特徴のレースゲームであるF-ZEROシリーズ
  • 奥行きのある3D空間を自由に動くシューティングゲームスターフォックスシリーズ
  • リアルなゴリラを再現したCGが話題を読んだド迫力のアクションゲームスーパードンキーコングシリーズ

など、スーパーファミコンから生まれた新ブランドも数多くあります。

スーパーファミコン&ゲームボーイが生まれたこの頃の時代は、現在の任天堂の基礎を固めた進歩の時代であると同時に、安定したヒットを連発できた、第1次黄金時代と言えるでしょう。

第6章:ゲームハード戦争の幕開け、次世代ゲーム機NINTENDO64発売(1995年~)

ゲームハード

  • 家庭用テレビゲーム機「バーチャルボーイ」(1995年)
  • 家庭用テレビゲーム機「NINTENDO64」(1996年)
  • 携帯用ゲーム機「ゲームボーイカラー」(1998年)

主なゲームソフト

  • NINTENDO64「スーパーマリオ64」(1996年)
  • ゲームボーイ「ポケットモンスター 赤・緑」(1996年)
  • NINTENDO64「スターフォックス64」(1997年)
  • NINTENDO64「ゼルダの伝説 時のオカリナ」(1998年)
  • NINTENDO64「ピカチュウげんきでちゅう」(1998年)
  • ゲームボーイ「ポケットモンスター 金・銀」(1999年)
  • NINTENDO64「ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ」(1999年)
  • NINTENDO64「どうぶつの森」(2001年)

この頃生まれた主なシリーズ・キャラクター

天下泰平だった任天堂に、1994年黒船がやってきます。皆さんご存じ、ソニーから発売されたプレイステーション(以下PS)です。

任天堂は対抗して、1996年NINTENDO64を発売します。これが後世に「次世代ゲーム機戦争」と語り継がれる、大きな戦争の幕開けです。

ソニーのプレイステーションはCD-ROMを採用することでゲームソフトの価格が安価になることが売りでした。対抗する任天堂は64ビットの処理能力今までにないゲーム体験ができることをPRします。

管理人
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現在ではソニーがハードの処理性能をうたい、任天堂がコストと新しいゲーム体験を推していますが、昔は構図が逆だったんですね。

任天堂以外の会社は安価でゲームが作れるPSに惹かれます。スクウェア、エニックス(当時はまだ別の会社でした)という絶対的人気を誇っていた大手が今後ゲームをPSで作ることを表明。そのほかの大手も次々とPSで作ることを表明しました。

任天堂は孤立無援の戦いをすることを余儀なくされます。

しかし、このピンチに任天堂は奮起し、大きく覚醒

  • 3Dアクションの原点にして最高傑作と言われるスーパーマリオ64
  • 大迫力の宇宙空間と疾走感が大きな魅力のスターフォックス64
  • 自由度の高い3Dフィールドと世界観が大きな反響を呼んだゼルダの伝説時のオカリナ

など、既存のゲームシリーズの大幅なパワーアップに成功しました。

このころ作られたゲームシステムが、現在の任天堂のゲームの基本となっています。

そんな任天堂に、強力な新星が舞い降ります。1996年ポケットモンスターです。

ゲームボーイで生まれたポケットモンスターは、壮大な世界観がスタンダードだった当時、現代日本を舞台とした異色のRPGでしたが、奇跡の国内800万本超えのメガヒット。

同作のアニメの大ヒットも追い風となり、ピカチュウを始めとするポケモンは、子供から大人まで多くの人気を集めるゲームキャラクターに成長していきます。任天堂にとっても、なくてはならない貴重なブランドになりました。

このころから、任天堂も持っているキャラクターブランドの強さに気づき、積極的に使っていくようになります。そのきっかけが、1999年に発売されたニンテンドーオールスター大乱闘スマッシュブラザーズです。

任天堂を代表するキャラクターがオールスターで登場するという豪華さや、対戦ゲームとしての奥の深さが見事に当たり、国内197万本の大ヒット。スマッシュブラザーズシリーズも今後の任天堂になくてはならいないシリーズとなりました。

NINTENDO64も後期にさしかかった2001年どうぶつの森が生まれました。

当時はまだ任天堂の実験作としての要素が強く、あまりプッシュもされないことから、国内売り上げ32万本と比較的静かなスタートでした。それが後に、国内900万本越えの超大ヒットになるのですから、任天堂の育成能力は恐ろしいものです。

NINTENDO64の出た1996年~2001年の時期は、任天堂にとって技術革新の時代であると同時に、ポケットモンスターシリーズ大乱闘スマッシュブラザーズシリーズどうぶつの森シリーズなど、後の超大型コンテンツが生まれた、未来への種まきの時代といえるでしょう。

時代を先取りしすぎた任天堂製品③「バーチャルボーイ」

次世代のゲームがどう進化するかを考えた時、バーチャルリアリティー(VR)を駆使した新体験のできるゲームを想像する声は多いでしょう。

では、なぜ任天堂は作らないのでしょうか?いや、作っていたのです。25年以上前に。

1995年任天堂から生み出された画期的なVRゲーム機、それがバーチャルボーイです。

ヘッドグラスをつけると、奥行きのある3次元空間が目の前に広がり、相手から打ち出されたテニスのサーブが目の前に迫ってきます。当時の頃から、バーチャルリアリティーの基礎はできていました。

ただし、真っ暗な画面に赤の光線が流れるだけという、露骨に落ちるグラフィック性能。さらにゲーム画面は写真で見ることができない(直接体験するしかない)という、ゲーム雑誌などとは相性最悪のもの。当時の子供の間でも明らかに受けが悪く次世代ネタハードとして語り継がれることになります。

ただ、2019年VRを採用したゲーム機Oculus Questが発売されるなど、現在ではVR体験をゲームに求める声があるのも事実。

我々一般人が任天堂の最先端の発想に追いつくには、25年ほど時代が早かったようです。

時代を先取りしすぎた任天堂製品④「音声認識システム」

スマートフォンなどで最近注目を浴びている音声認識システム。実は1998年に任天堂から発売された「ピカチュウげんきでちゅう」で既に実装されていました。(誤解されがちですが、セガ発売のシーマンより7か月早いです。)

ただ2021年現在でさえ識別が難しい音声認識を、当時のシステムで実行できるわけがなく、「あ」と言っても「か」と言っても反応するなど、お世辞にも出来がいいとは言えませんでした。

人類が音声認識に行きつくのは、まだまだ先のようです。

第7章:ゲームハード戦争の激化、ゲームキューブ&ゲームボーイアドバンス発売(2001年~)

主なゲームハード

  • 携帯用ゲーム機「ゲームボーイアドバンス」(2001年)
  • 家庭用テレビゲーム機「ニンテンドー ゲームキューブ」(2001年)

主なゲームソフト

  • ニンテンドー ゲームキューブ「ピクミン」(2001年)
  • ニンテンドー ゲームキューブ「大乱闘スマッシュブラザーズDX」(2001年)
  • ゲームボーイアドバンス「メイドインワリオ」(2003年)
  • ニンテンドー ゲームキューブ「ちびロボ!」(2005年)
  • ゲームボーイアドバンス「リズム天国」(2006年)

この頃生まれた主なシリーズ・キャラクター

  • ピクミンシリーズ:オリマー、ピクミン、(後にアレフ)など
  • メイドインワリオシリーズ:(ワリオ)、ナインボルト、モナ、カット&アナなど
  • ちびロボシリーズ:ちびロボなど
  • リズム天国シリーズ:カラテ家、パチパチ三人衆など

2001年、任天堂は2つのハードをリリースします。

一つ目はゲームボーイの性能をさらに向上させ、スーパーファミコン張りの表現力携帯ゲーム機で可能にしたゲームボーイアドバンス

もう一つは任天堂では初の、8cm光ディスクを採用したニンテンドーゲームキューブです。

この頃、ソニーは高画質と前作PS1との互換性と、当時最先端だったDVD再生対応を売りにした新ハードプレイステーション2(PS2)を2000年にリリースしており、ゲームキューブはPS2に対抗する形での発売でした。

ゲームキューブは100体同時に動かしても正常に動作できる処理の安定性を前面にプッシュ、128人のマリオを同時に動かせるスーパーマリオ128などもプロモーションで出していました。また、マイナーな規格だった8cmディスクを採用したのは、コピー対策だったと言われています。

ちなみに、ゲームキューブは取手がついてて、持ち運べるデザインになっています。据置型ゲームハードを持って歩くことはほぼないと思いますが、任天堂のおもちゃメーカーとしての遊び心が感じられる意匠になっています。

このハード性能の活かし、100人のピクミンを同時に動かすピクミンシリーズを、任天堂はリリースしていきます。

管理人
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ピクミンのCMソングは一時期ブームになりましたね。ゲームの売り上げよりCMソングのCDの売り上げの方が多かったそうです。

また、前作の倍近くのファイターが登場する大乱闘スマッシュブラザーズDXもリリースしました。同作はゲーマーの間で大きな反響を呼び、今でもスマッシュブラザーズ最高傑作として推す声があります。

しかし、ハードのコンセプトがソフトメーカーに伝わりにくかったのか、NINTENDO64で課題となっていた他社ソフトメーカーの獲得には至らず。ハード発売台数も全世界で2174万台と苦戦を強いられました。スーパーファミコンが4910万台、NINTENDO64で3293万台でしたので、売上が徐々に減っていく、まさにジリ貧の状態でした。

一方のゲームボーイアドバンスは、スーパーファミコン並みの画質が携帯ゲーム機でできるというインパクトは強く、ハードの売上は順調他社メーカーも積極的にソフト提供をしてくれました。

しかし、肝心の任天堂からの提供ソフトが少ないという状況。特に前半の頃は、リメイクが中心で、新規ゲームシリーズのヒットには恵まれません。マリオやゼルダなども殆どがリメイクという、少しさみしい状態でした。(スーパーマリオアドバンス1~4は、スーパーマリオUSA、スーパーマリオワールド、ヨッシーアイランド、スーパーマリオブラザーズ3のリメイク。ゼルダの伝説は神々のトライフォースのリメイクです。)

当時の任天堂の歴史を語る上で外せないのが、2002年5月任天堂社長の交代です。

今まではずっと、任天堂は山内溥社長のトップダウン体制だったのですが、急遽岩田聡社長にバトンタッチします。

今でこそ有名な岩田社長ですが、当時は山内社長のカリスマが強かった時代。社長交代は順風満帆ではなく、山内社長の引退と共に任天堂が終わってしまうなど、不安や冷ややかな目で見られることも多かったようです。

岩田社長の采配が光るのは、ゲームボーイアドバンス後期の2003年。任天堂はゲームの在り方に小さな改革を打ち出します。

PS1のリリースに端を発した次世代ゲーム機戦争は、PS2対ゲームキューブ&ゲームボーイアドバンスの構図となり更に激化。その結果、ゲーム機の性能は飛躍的に向上し、ユーザーは昔では考えられないような高度なゲーム体験ができるようになりました。

一方、高度なゲーム体験ができたという恩恵の裏で、ゲームがどんどん複雑化していくという課題が顕在化していくことになりました。

この課題を解決すべく生まれたのが、シンプルで直感的な操作でクリアできるプチゲームを大量に収録されたメイドインワリオシリーズです。この単純なゲームを多数収録するという発想がユーザーに受け入れられヒット、メイドインワリオシリーズは後の任天堂ハードでも定番シリーズとなります。

そしてメイドインワリオ開発チームは、当時高難易度化・複雑化のインフレーションが止まらなかったリズムアクションゲームにもメスを入れます。リズムアクションをぐっとシンプルに、直感的にしたリズム天国をリリースしました。こちらもヒットし、現在でも定番のゲームシリーズ化しています。

管理人
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リズム天国はシャ乱Qやモーニング娘。でおなじみのつんく♂氏が企画されました。

ニンテンドーゲームキューブ&ゲームボーイアドバンスの出た2001年~2004年の時期は、他社のハード開発に脅かされ、新シリーズにも恵まれないことから、残念ながら低迷期といえるでしょう。

ですが、社長交代メイドインワリオシリーズのリリースなど、後のゲーム業界を変える革命への布石を、着々と打ち続けている時期でもありました。

第8章:ゲーム離れへの回答、そして改革、ニンテンドーDS&Wii発売(2004年~)

主なゲームハード

  • 携帯用ゲーム機「ニンテンドーDS」(2004年)
  • 家庭用テレビゲーム機「Wii」(2006年)
  • 携帯用ゲーム機「ニンテンドーDSi」(2008年)

主なゲームソフト

  • ニンテンドーDS「脳を鍛える大人のDSトレーニング」(2005年)
  • ニンテンドーDS「nintendogs」(2005年)
  • ニンテンドーDS「しゃべる!DSお料理ナビ」(2006年)
  • Wii「Wii Sports」(2006年)
  • Wii「スーパーマリオギャラクシー」(2007年)
  • Wii「Wii Fit」(2007年)
  • Wii「ゼノブレイド」(2010年)

この頃生まれた主なシリーズ・キャラクター

  • 脳を鍛える大人のDSトレーニングシリーズ:川島隆太教授など
  • nintendogsシリーズ:ミニチュア・ダックスフンド、チワワなど
  • しゃべる!DSお料理ナビシリーズ:シェフなど
  • Wii ○○シリーズ:mii、Wii Fitトレーナーなど
  • ゼノブレイドシリーズ:シュルク、(後にレックス、ホムラ、ヒカリ)など

任天堂は、2004年ニンテンドーDSをリリース、2006年Wiiをリリースします。

この2ハードは、岩田元社長がゲーム業界に巻き起こした、革命の象徴と言えるでしょう。

管理人
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このころの任天堂はよく経済誌にも紹介されていたので、岩田元社長の改革についてご存じの方も多いと思います。

2003年、岩田元社長は「日本のゲーム市場では、ゲーム離れ現象が進行している」と訴えました。ゲーム離れというのは、今までゲームをやってた人が、ゲームに興味を示さなくなりゲームから離れてしまう現象のことです。

今となっては考えつかないですが、当時はゲームは一部のマニアの人がやるものという認識があり、どんどん強くなっている時代でした。

前述の通り、次世代ゲーム機戦争はゲームの高度化を生み出しました。しかしその一方で、ゲームが複雑になりすぎ、一部のマニア層しかついていけなくなっていました。その結果、普通の人がゲームを敬遠してやらなくなってしまう、これがゲーム離れにつながっていると、岩田聡元社長は分析しました。

そこで任天堂は、高度化・複雑化のインフレーションが止まらないゲームをリセット(デノミネーション)し、ゲーム人口の拡大をすることを打ち立てます。

2004年に任天堂が世に送り出したハード、ニンテンドーDSは、タッチパネルだけで操作できるという珍妙な物でした。普通、ゲームはボタン操作で行うもので、タッチパネルで行うゲームというのは、どこのソフトウェア会社も開発したことがありません。ユーザーも、タッチして遊ぶゲームなんて考えたこともありません。タッチして遊ぶハードを世に出すことで、ゲーム業界をリセットすることを考えたのです。

管理人
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現在はスマホゲームがあるのでタッチ操作が当たり前ですが、当時はスマートフォンも普及しておらず、いわゆるガラケーが当たり前の時代。画面を触って遊ぶという発想がなかったのです。

任天堂のこの改革に、ゲームソフト開発会社は困惑ユーザーも当初は困惑していました。事実、ニンテンドーDS初期はボタン操作するゲームがほとんどで、タッチ操作は補助的にしか用いられていませんでした。

しかし、2005年脳を鍛える大人のDSトレーニングが出ると状況は一変普段ゲームをやらない、どころか1度もしたことがないような、高齢者層がゲームをやり始めたのです。

そこからは、岩田聡元社長の読みはバッチリ的中。当初予測していたゲームから離れていた層はもちろんのこと、今までゲームをあまりやらなかった年配層までがっちり取り込み、ゲーム人口の拡大に成功。ニンテンドーDSは大ヒットとなりました。

このころは、流行のソフトにも変化がありました。マリオやゼルダなど定番のシリーズの他に、脳を鍛える大人のDSトレーニングや、しゃべる!DSお料理ナビなど、今まででは考えられなかった知識・ノウハウ系のゲームがラインナップされ、流行しました。

難しいゲームはやらないけれど、簡単なゲームは積極的に触る人のことを示す、ライトゲーマーという言葉も流行りました。

2006年、ニンテンドーDSのヒットを追い風に、画面のポインタスイングなど直感的な操作ができるリモコン型コントローラーを据えた家庭用ゲーム機Wiiをリリースします。

Wiiの特徴は、グラフィックのレベルが前作のゲームキューブと比べて、そこまで進化してないこと。これは、新ハードが出ればグラフィックが進化するというゲーム業界の常識を覆すとともに、任天堂がグラフィックを進化させることを競う次世代ゲーム機戦争を否定することを意味していました。

Wiiはグラフィックの進化を否定した代わりに、画面のポインタやスイングなど直感的な操作ができるリモコン型コントローラーによる、家庭用ゲーム機の新たな遊び方を提案しました。

ニンテンドーDSで知能を鍛える系のゲームが流行ったのに相対するように、WiiではWii SportsWii Fitなどの身体を動かす系のゲームを取り揃えました。

この新たな遊び普段ゲームをしない人の客層も捉えゲーム人口の拡大に成功し、Wiiも大ヒット。据え置き型ゲーム機としては任天堂史上最高となる、1億163万台を記録しました。前作ゲームキューブの実に約5倍です。

Wiiのヒットは、次世代ゲーム機戦争の終焉も意味していました。このまま、ゲームの複雑さやグラフィックばかり上げていても、一部のマニア層しか喜ばない。そんな次世代ゲーム機戦争は終わりにして、新たな客層へ訴求する(パイを広げる)事へ、任天堂は舵を切ったのです。

このころ生まれたキャラクターとしては、自分の顔をモンタージュで作るmiiや、実在の大学教授をモチーフに作られた川島隆太教授、リアルな犬のダックスフンド、チワワなど。ファンタジーの登場人物でなく、実在する人物がキャラクター化されたのも、普段ゲームをしない顧客のニーズを反映した結果かもしれません。

ニンテンドーDSやWiiの出た2004年~2011年の時期は、任天堂にとって、岩田社長による革命の時期。同時に、新たな客層の開拓に成功し多くの人に支持されてきた、第2の黄金時代と言えるでしょう。

第9章:立ち込める暗雲、ニンテンドー3DS&WiiU発売(2011年~)

主なゲームハード

  • 携帯用ゲーム機「ニンテンドー3DS」(2011年)
  • 家庭用テレビゲーム機「Wii U」(2012年)
  • 携帯用ゲーム機「Newニンテンドー3DS」(2014年)

主なゲームソフト

  • ニンテンドー3DS「パイロットウイングス リゾート」(2012年)
  • ニンテンドー3DS「新光神話パルテナの鏡」(2013年)
  • Wii U「ファミコンリミックス」(2013年)
  • Wii U「Splatoon」(2015年)

スマートフォン対応ゲーム

  • iOS/Android「Miitomo」(2016年)
  • iOS/Android「Pokemon GO」(2016年)
  • iOS/Android「スーパーマリオ ラン」(2016年)
  • iOS/Android「ファイアーエムブレム ヒーローズ」(2017年)
  • iOS/Android「どうぶつの森 ポケットキャンプ」(2017年)
  • iOS/Android「DRAGALIA LOST」(2018年)
  • iOS/Android「ドクターマリオワールド」(2019年)
  • iOS/Android「マリオカートツアー」(2019年)

この頃生まれた主なシリーズ・キャラクター

他社開発の後、任天堂から発売されたゲームソフト

主なゲームソフト

  • Wii U「ベヨネッタ2」(2014年)
  • ニンテンドー3DS「桃太郎電鉄2017 たちあがれ日本!!」(2017年)

主なシリーズ・キャラクター

もともと他社で開発、販売していたシリーズでしたが、諸般の事情でシリーズの続編を任天堂から発売したシリーズもあります。

ベヨネッタシリーズは、Wii U版ベヨネッタ2から任天堂販売になりました。続編のベヨネッタ3も、ニンテンドースイッチで発売予定となっています。

桃太郎電鉄シリーズは、ハドソンにて発売していましたが、買収されたコナミとの間で問題があり続編開発が困難になったことから、一時任天堂から発売されたことがありました。現在は問題が解決したようで、コナミから桃鉄最新作が発売されています。

2011年任天堂は、好調だったニンテンドーDSの後継機として、ニンテンドー3DSを発売します。ニンテンドー3DSは、形状こそニンテンドーDSを踏襲していましたが、現在のゲームの在り方に対する2つの主張を持ったハードでした。

主張の1つ目は、3D立体視による新しいゲーム体験の提案、2つ目は25000円という強気の価格によるハードの逆ザヤ関係の解消です。

ハードの逆ザヤ関係とは

ハードは発売価格より製造原価の方が高いという、いわゆる逆ザヤ関係にあり、ハードは売れれば売れるほど赤字になります。

ハード販売で出た赤字分をソフトウェアの売上やライセンス代で回収していくという、ビジネスモデルが一般的です。これは任天堂だけに限った話でなく、ソニーなどハードを売る会社で共通するビジネスモデルになります。

ハードの製造原価がソフトの代金にのっかることから、ソフトを多く買うヘビーユーザーほど負担が大きくなるという問題があります。健全とは言えないビジネスモデルになることから、任天堂は脱却を狙ったと思われます。

3D立体視によりゲーム画面が立体的に見えることで、任天堂は新たな遊びや演出を提供できると考えていました。

しかし、3D立体視は見方にコツがあり、見え方に個人差もあることから、あまり市場に受け入れられませんでした。長時間見ていると体調が悪くなることや、6歳以下の子供の視力の成長に悪影響がある(任天堂公式サイトより)ため子供へは提供できないことも、逆風でした。

始めのうちこそ3D立体視を打ち出したゲームが出ていましたが、徐々に少なくなっていき、後半の頃は全く出なくなってしまいました。更に、3D立体視機能を廃止したニンテンドー2DSを(3DSの廉価版の位置づけで)発売するなど、時がたつにつれ3D立体視は任天堂公式からも否定されていくようになります。

逆ザヤ関係の解消のためにつけた25000円という強気の商品価格設定も(ただし競合のPlayStation Vitaが24980円であることを考えると法外な価格設定ではありません)、市場に受け入れられず、初期のセールスは芳しくありませんでした。

結果、2011年2月の発売から半年も経たない同年7月の頃、任天堂は15000円への40%引きという、異例の値下げを余儀なくされました

管理人
管理人

発売日当日に25000円で買ったファンからしたら、たまったものじゃないですね。一応、アンバサダープログラムという25000円で買った人へのお詫び(ファミコンとゲームボーイアドバンスのゲームの詰め合わせ)もありましたが、、、

15000円への値下げと、大ヒットだったニンテンドーDSの後継機というネームバリューもあり、全く売れないという最悪の事態は回避できたものの、ニンテンドーDSが1億5402万台に対し、ニンテンドー3DSは7594万台と半分以下の売上に減少。

当初設定していた発売価格からの値下げと、鳴り物入りで実装した3D立体視機能の否定により、ニンテンドーDSとWiiのヒットにより築いた任天堂のブランドイメージも低迷。任天堂に挫折を味あわせたハードとなってしまいました。

そんな悪いイメージを払拭したいと、2012年に据え置き型ハードで出したのがWiiの後継機Wii Uです。

こちらは、本体とは別にタブレット型のコントローラーが付いており、テレビ画面を見なくてもタブレット画面で、携帯ゲーム機のように遊べる点が売りでした。

価格についても3DSの反省を活かし、26250円と据え置きハードとしては比較的安価な値段に落ち着きました。ただし一部のコントローラーはwiiを流用しないといけない(もしwiiを持ってない場合別途購入する必要がある)など、コストに苦心した様子が見られます。

満を持して導入したタブレットコントローラーでしたが、500gと重い(大体のスマートフォンが150~200g)、大きくてかさばるなどの理由から、ユーザーからの人気は不評でした。

売上も1356万本と、実に前作wiiの1/7以下の減少です。この売上は過去の任天堂据置機の中でワースト1。歴代売上ベスト1だったwiiから一転、天国から地獄に叩き落されてしまいました。

この事実に、各種報道(ゲーム専門雑誌だけでなくビジネス誌や経済誌なども)も敏感に反応。wiiの好調があっただけに、否定的な報道や、任天堂の凋落を示す記事が目立ちました。

管理人
管理人

特に某経済新聞は任天堂の製品に関してあることないこと報道したため、任天堂の社長は激怒。一時期はすごい険悪な関係だったようです。

岩田元社長が「直接」伝えるメディアを作ったことも、ユーザーには誤解や曲解なく直接声を伝えたいという社長の想いがありました。

ただし、ソフトは良いゲームがありました。特に、この頃生まれたSplatoonシリーズは、今でも多くの人に愛されるシューティングゲームになっています。

また、過去のハード(ファミコン、スーパーファミコン)のゲームが遊べるバーチャルコンソールが充実していることや、ファミコンゲームの1シーンを切り出して遊ぶファミコンリミックスが発売されたことから、レトロゲームファンの間では好評です。

そして、この苦境に拍車をかけたのが、スマートフォン用ゲーム、いわゆるソーシャルゲームの台頭でした。

シンプルなゲーム性ネットワーク機能の強化無料でゲームを始められる(ゲーム内のガチャで課金する)新規ビジネスモデルなどがユーザーの心を掴み、パズル&ドラゴンズなどが大ヒットします。

スマホゲームは、製作コストが家庭用ゲームに比べ安価なのも、ソフトメーカーにとっては有難い話でした。家庭用ゲーム開発のコスト高に疲れてしまったソフトメーカーや、画期的なゲームアイデアがある中小インディーズメーカーが多数スマホゲーム開発に着手。どんどん新しいゲームが出てきます。

任天堂としては、ニンテンドーDSにて提案したタッチで遊ぶゲームに、まさかの自分の首をしめられてしまう格好となってしまいました。

そして2015年3月、任天堂は苦渋の決断を下します。

今まで、頑なに出してこなかったスマートフォン向けに、ゲームソフトを提供することを決断。これまで自社提供のハード以外でゲームソフトを出してこなかった任天堂にとって、耐えがたい屈辱だったことは想像に難くありません。

任天堂からは、2016年よりマリオ、ポケモン(ただしPokemon GOはライセンス提供のみ)、ファイアーエムブレム、どうぶつの森などの人気シリーズのゲームを発売しています。いずれも好評で、現在までサービスが続いています。

Pokemon GO

NIANTIC(Googleの関係会社)が作った、ポケモンを集めるゲームです。

このゲームの特徴は、ユーザーが実際に各地を歩き回ってポケモンを捕まえるという、スマートフォンの携帯性にマッチしたゲームシステムにあります。

スマートフォンの地図上にポケモンが出るので、ユーザーはポケモンを捕まえるため、実際のその場所に行く必要があります。この実際に行くというゲームシステムが、ユーザーに様々な出会いや、(ゲーム内およびリアルでの)ドラマを起こしてきました。

反響もすごく、運動を積極的にしたいユーザーを中心に大ヒットします。

  • 横浜で行われたイベント時は、あまりの人の多さに、会場を公園から横浜市街全域に急遽拡張した(それでも人が多く、待ちゆく人のほとんどがポケモンGOをやっていた)
  • 普段人が少ない広大な鳥取砂丘が、イベントをやる日は人で埋め尽くされた

など、伝説も数多くあります。

苦悩が続く任天堂。そこに、さらなる追い打ちが襲い掛かります。

2015年7月、胆管腫瘍で岩田聡元社長がこの世を去りました

任天堂社長在任中の逝去でした。

  • バルーンファイトを動かしたプログラマ
  • 大乱闘スマッシュブラザーズDXやMOTHER2の開発プログラムの立て直しをしたソフト開発者
  • ポケットモンスター赤・緑のローカライズ(海外版への翻訳)を担いポケモンを万国共通にしたグローバリスト
  • 経営危機に陥っていたハル研究所を立て直した経営者ゲーム業界を覆う課題を的確に分析・解決したアナリスト
  • 長きにわたる次世代ハード戦争を終了させた革命家

非常に多くの顔を持つ方でした。そしてその全てが、超一流でした。

もう、岩田社長の描くゲームの未来像は見ることができない。

もう、岩田社長の起こすゲーム業界への革命も見ることができない。

そして何より、その姿を、声を、直接、見ることも聞くこともできない。

55歳という若すぎる年齢での急逝に、任天堂が、任天堂ファンが、ゲーム業界全体が絶望と大きな悲しみに包まれました。

どんな別れのときにでも、
「また会おう」と言えばいいのだと思う。
ともだちだから、また、会う。
それはちっともおかしくない。
うん。また会おうや。

ずいぶんと遠くまで旅に行くんだって。
もっとずっと先の予定だったのにね。
いちばん似合う服を着て、
「急のことですみません」と、
ことばには出さないけれど、そう言ってた。
(後略)

糸井重里「ほぼ日刊イトイ新聞 7月13日の「今日のダーリン」」より引用

オフィシャルな関係者以外にも、Wii Uに内蔵されているネットワークサービス「Miiverse」および「Splatoon」内で、有志による追悼コメント・イラストが多数投稿されました。多くのファンに見送られながら、岩田社長はこの世を後にしました。

管理人
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岩田元社長の逝去の事実を伝えるたびに、ファンとしては心が痛くなります。せめて、ニンテンドースイッチが世に出る様子は、見届けてほしかったです。

改めて、ご冥福をお祈りします。

第10章:任天堂の歴史を取り戻す戦い、Nintendo Switch発売(2017年~)

主なゲームハード

  • 持ち運べる家庭用テレビゲーム機「Nintendo Switch」(2017年)
  • 携帯用ゲーム機「Nintendo Switch Lite」(2019年)

主なゲームソフト

  • Nintendo Switch「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」(2017年)
  • Nintendo Switch「Splatoon2」(2017年)
  • Nintendo Switch「スーパーマリオオデッセイ」(2017年)
  • Nintendo Switch「ARMS」(2017年)
  • Nintendo Switch「大乱闘スマッシュブラザーズ Special」(2018年)
  • Nintendo Switch「リングフィットアドベンチャー」(2019年)
  • Nintendo Switch「ポケットモンスター ソード・シールド」(2019年)
  • Nintendo Switch「あつまれどうぶつの森」(2020年)

この頃生まれた主なシリーズ・キャラクター

ニンテンドースイッチで提供するサービス

WiiUの発売不振岩田元社長の急逝などで、多くの任天堂ファンが絶望に包まれていました。しかし、岩田元社長は、ファンに一縷の希望、大きな遺産を遺していました。

それが、2017年に発売されたニンテンドースイッチです。

ハード開発は、発売の数年前から取り組む必要があります。岩田元社長の亡くなる前に設計思想は完成していたであろうニンテンドースイッチは、文字通り岩田元社長の遺した、最後の遺産でした。

ニンテンドースイッチは過去の任天堂の成功体験・失敗体験を総集するかのようなハードでした。

  • ゲームキューブの持ち運べる意匠性と、Wii Uのテレビ画面を見なくても携帯ゲーム機のように遊べるという設計思想を受け継いだ、携帯性の高いハードサイズと据置・携帯一体型という新構造
  • Wiiのようにコントローラーに加速度センサ・赤外線カメラが内蔵されていて、コントローラーを動かすだけで操作ができる。コントローラーは本体に付けることもできるし、分離して使うこともできる。
  • ニンテンドーDSのように、ゲーム画面をタッチして操作ができる。
  • ニンテンドー3DSの価格面での反省および、Wii Uの携帯性の反省を活かし、省スペースで携帯型機能に特化したニンテンドースイッチLite(税込21978円)の発売。

など、その小さなゲームマシンの至る所に、過去の任天堂の歴史を総括するような設計が施されていました。

ソフトの面においては、名作の多かったNINTENDO64&ゲームボーイの時代のシリーズをベースに、システムを大きく発展させたソフトが目立ちます。

  • スーパーマリオ64から大きく進化させた、スーパーマリオオデッセイ
  • ゼルダの伝説 時のオカリナの自由度を受け継ぐ、ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド
  • ポケットモンスター赤・緑から変わらないストーリーとキャラクターをベースに発展させた、ポケットモンスター ソード・シールド
  • どうぶつの森の頃から完成していたゲームシステムを大きく拡張させた、あつまれどうぶつの森

その全てが、ゲーム評論家をうならせファンを歓喜させました。

ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド2017年ゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞スーパーマリオオデッセイ同年ゲーム・オブ・ザ・イヤー最終選考入り(僅差でゼルダの伝説ブレスオブザワイルドに負けた形)をしました。

ポケットモンスター ソード・シールドも世界中で人気となり、金・銀以来の2000万本超えという快挙を達成しました。

あつまれどうぶつの森も、需要を大きくとらえ、国内売上900万本越えの超メガヒット。これは任天堂の国内売上過去最高記録であり、スーパーマリオブラザーズやポケットモンスター 赤・緑を抜き去る金字塔を打ち立てました。この記録は、現在も更新し続けられています。

また、オンライン会員(年間2400円)となれば、過去のファミコン・スーパーファミコンのゲームがニンテンドースイッチで遊び放題になるなど、レトロゲームファンへの配慮も忘れていません。

過去の任天堂の英知を総結集したニンテンドースイッチと、歴代の任天堂キャラクターで、任天堂は総決戦を挑みました。

ここまで読んでくださった方なら、相手がソニーでない事はお分かりでしょう。ソニーでも、マイクロソフトでも、セガでも、スクウェア・エニックスでも、アップルでもありません。

今までの任天堂の歴史そのものが、戦う相手でした。

それは岩田元社長への弔い合戦であると同時に、任天堂の歴史をもう一度取り戻す戦いでもありました。

ニンテンドースイッチは、2021年3月末現在で8459万台という大ヒット。売上こそWiiに及ばないものの、ニンテンドースイッチは現在進行形で売れ続けているハードであり、追い越すのは時間の問題です。

任天堂が戦いに勝利したのは、誰の目から見ても明らかでした。

一度は失いかけた任天堂の歴史は、ニンテンドースイッチによって、見事復権を果たしました

こうして任天堂は第3の黄金時代を迎えます。

ニンテンドースイッチを代表するソフトといえば、前述のスーパーマリオオデッセイゼルダの伝説 ブレスオブザワイルドあつまれどうぶつの森も捨てがたいですが、私は大乱闘スマッシュブラザーズSpecialを推したいです。

任天堂の歴史を代表するゲームキャラクターや、競合としてしのぎを削った他社のゲームキャラクターが奇跡の共演を果たし、86体ものファイターが戦う空前絶後の対戦アクションゲームとなりました。(コクッパ7兄弟やアレフなどのモデル違いも含めるとキャラクター数はさらに増えます。)これは、対戦アクションゲームとしては異例のキャラクター数です。

しかも、過去作に収録されていたファイターは、権利関係で難しいと言われている他社のキャラクターを含め奇跡的に全員参戦となりました。こんな芸当ができるのは、後にも先にもこのゲームくらいでしょう。

音楽も前人未踏の大ボリューム、900曲以上収録。家庭用のリズムアクションゲームですら100~150曲収録が限界であることから、その凄さはわかることでしょう。過去の任天堂および他社のゲーム曲の歴史の中から、原曲あり、アレンジありで収録し、まさにゲーム曲のベスト盤といえる出来栄えとなっています。

任天堂のソフトやキャラクターの歴史をこれでもかというほど詰め込んだ大乱闘スマッシュブラザーズSpecialこそ、任天堂のハードの歴史を詰め込んだニンテンドースイッチを代表する1本としてふさわしい、そう私は考えます。

もちろん任天堂の次の世代を担う新規ブランドも着々と生まれています。ニンテンドースイッチからはARMSという格闘ゲームが、リリースされました。

独自のリング型コントローラーを使うフィットネスRPGリングフィットアドベンチャーも発売。売れ行きは好調で、製造しても製造しても品薄が続くという状態になりました。

これらの新ブランドも、大きく育って欲しいですね。

エピローグ:任天堂の未来(2021年~)

テーマパーク

  • ユニバーサル・スタジオ・ジャパン常設エリア「スーパー・ニンテンドー・ワールド」(2021年)

今後発売が予定されている主なゲームソフト

  • Nintendo Switch「おすそわけるメイドインワリオ」(2021年9月予定)
  • Nintendo Switch「メトロイドDREAD」(2021年10月予定)
  • Nintendo Switch「Splatoon3」(2022年予定)
  • Nintendo Switch「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド 続編(仮称)」(2022年予定)
  • Nintendo Switch「メトロイドプライム4」(未定)
  • Nintendo Switch「ベヨネッタ3」(未定)

今後オープンが予定されている任天堂に関する施設・イベントなど

  • 任天堂資料館(2023年度オープン予定)
  • 2025年大阪・関西万博(ポケモンが誘致キャラクター特使に就任、ポケモンARが開催予定)

任天堂ファンも、岩田元社長のショックを乗り越え、古川社長体制に大分なじんできました。そんな折、朗報が訪れます。

2021年3月、任天堂ファンなら一度は夢見た任天堂のテーマパークが、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン内にオープンしました。

ユニバーサルスタジオとは、1912年からのアメリカの2番目に古い歴史を誇る映画会社であり、ジョーズ・ET・バックトゥザフューチャー・ジュラシックパークなどの様々な名作映画を生み出した会社です。

マリオをはじめとする任天堂のキャラクターが、これらの名作映画のキャラクターと肩を並べる事は、非常に名誉な事。任天堂のキャラクターが世界中で愛されていることを象徴する、この出来事に、多くのファンは歓喜しました。

スーパーニンテンドーワールドは、日本だけでなく海外でもオープンを計画していると発表があります。今後もワールドワイドで任天堂は愛されると予測されます。

ユニバーサルスタジオジャパン以外にも、

  • 2016年のリオオリンピック閉幕式で安倍元総理がマリオに扮装しセレモニーに出席
  • 2025年開催予定大阪万博の招致キャラクターにポケモンが選任、見事務めを果たす

など、様々なニュースが飛び込んできています。任天堂の産んだキャラクターは日本を代表するキャラクターに成長しており、今後も国家単位で運用・推進されていくと思われます。

ゲームソフトの面では、メトロイドDREADゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド 続編(仮称)Splatoon3などビックタイトルが開発中であることが発表されています。ニンテンドースイッチの歴史はまだまだ続くと考えられます。

そして、任天堂の工場跡地に、まさかの任天堂資料館2023年度オープンさせると発表。

ファンとしては何が展示されるか非常に楽しみです。同時に、長く重い任天堂の歴史を身近に感じてもらえると嬉しく思います。

現在発表されている情報から、任天堂の未来の展望を紹介してきました。

しかし、未来は誰にも、任天堂にもわかりません。天に任せるしかないのかもしれません。

あとがき

任天堂の歴史を、筆の赴くままつらつらと紹介していきました。

ここまで、長く拙い文章を読んでいただき、ありがとうございました。

管理人
管理人

ここまで長くなるとは、著者自身、書く前は予想していませんでした。

任天堂の歴史は、長く、重く、壮大で、そしてドラマティックです。

任天堂ファンとして一番幸せなことは、このドラマティックな歴史を直接見て、体感し、新しい時代を一緒に紡いでいけることかもしれません。

ご覧の通り、任天堂の歴史を短くまとめるのは大変ですが、以下の通り捉えておくと、大きな間違いはないと思います。

  • 山内社長時代1花札トランプおもちゃなどを作っていた時代
  • 山内社長時代2ファミコンスーパーファミコンゲームボーイを発売、ヒットした時代(第1次黄金時代)
  • 山内社長時代3NINTENDO64ゲームキューブゲームボーイアドバンスを発売、次世代ゲーム戦争を戦っていた時代
  • 岩田社長時代WiiニンテンドーDSWii Uニンテンドー3DSを発売。ゲームのあり方に課題を提示し、革命を起こした時代。(第2次黄金時代→暗黒時代)
  • 君島・古川社長時代ニンテンドースイッチを発売。任天堂が総力戦を挑み、復権を果たした時代。(第3次黄金時代)

ここまでの記事を読んでくださった方であれば、知識面では任天堂ファンとしての素養は十分にあります。この記事を読んで、何か感じる想いがあれば、任天堂のファンになってください。

本ブログも、任天堂のファンとして情報を発信していきます。また、twitterでは、任天堂の豆知識を1日1個お届けしていきます。もしよければ、これからも記事を読んでください。

管理人
管理人

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【関連記事】
各ゲームシリーズの紹介記事はこちらになります。
≫スーパーマリオシリーズのゲーム紹介
≫ゼルダの伝説シリーズのゲーム紹介
≫星のカービィシリーズのゲーム紹介
≫ポケットモンスターシリーズのゲーム紹介
≫あつまれ どうぶつの森のゲーム紹介
≫Splatoonシリーズのゲーム紹介
≫桃太郎電鉄 ~昭和、平成、令和も定番!~のレビュー
≫リングフィットアドベンチャーのゲーム紹介
≫Nintendo Switch Onlineの内容紹介

任天堂と関わりの深いハル研究所の紹介記事についてはこちらをどうぞ!
≫ハル研究所の任天堂との関係・スタッフ紹介

任天堂に関する豆知識はこちらで紹介しています。あわせてどうぞ!
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補足資料:任天堂各ゲームハードの売上実績

本文中で何度か紹介したゲームハードの売り上げは、任天堂公式サイト「ゲーム専用機販売実績」より引用しました。

 家庭用テレビゲーム機携帯用テレビゲーム機
第1世代ファミリーコンピュータ:6191万台
第2世代スーパーファミコン:4910万台ゲームボーイ:1億1869万台
第3世代NINTENDO64:3293万台
第4世代ニンテンドーゲームキューブ:2174万台ゲームボーイアドバンス:8151万台
第5世代Wii:1億163万台ニンテンドーDS:1億5402万台
第6世代Wii U:1356万台ニンテンドー3DS:7594万台
第7世代Nintendo Switch:8459万台
(2021年3月末現在)
任天堂ゲームハードの売上実績(任天堂公式サイト「ゲーム専用機販売実績」より)

本文中で何度か紹介したゲームソフトの日本国内売上は、Wikipedia「ミリオンセラーのゲームソフト一覧」より引用しました。(流通網の進化による差を軽減したいという意図から、ゲームソフトは日本国内の売上にて比較しています。また、国内売上は出荷本数にて比較しています。)
≫国内売上上位ゲームの紹介記事

順位タイトル名発売念対応ハード国内売上
1あつまれどうぶつの森2020年Nintendo Switch919万本
2ポケットモンスター赤・緑1996年ゲームボーイ822万本
3ポケットモンスター金・銀1999年ゲームボーイ・
カラー共通
730万本
4スーパーマリオブラザーズ1985年ファミリーコンピューター681万本
5Newスーパーマリオブラーズ2006年ニンテンドーDS649万本
国内ゲームソフトの売上実績(Wikipedia「ミリオンセラーのゲームソフト一覧」より)

おまけ

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